90年代の清算(その5)


古典について、語ろう。アガサ・クリスティエラリー・クイーン。ジョン・ディクスン・カーアントニー・バークリー。ヴァン・ダイン。高校時代は、見向きもしない作家たちだった。ハードボイルドからミステリの世界にはまりこんだ少年は、文学におけるゲーム性を軽んじていたのだ。


レイモンド・チャンドラーはこう語る。「誰がアクロイドを殺そうと……」。そう、問題はこの一点に集約されていた。アクロイドを殺した犯人が誰であるのか。果たしてそれが重要なのか。いまなら、わかる。答えは、イエスだ。なぜなら、それがクリスティの読者への、そして時代への挑戦だからだ。彼女は、正真正銘のクリエイターだった。トリックうんぬんの問題ではない。「まったく新しいミステリ」を生み出すために、知力の限りを尽くしたこと。その姿勢にこそ、尊さがあるのだ。


クリスティといえば、『オリエント急行殺人事件』などが有名だろう。しかし僕は『鏡は横にひび割れて』を読んで、腰を抜かしそうになった。「老い」という人間の深遠なる問題に対し、老人となりつつあった彼女は回答を出した。「人間はいくつになっても、己の意志で不死鳥のごとく甦ることができる」。この作品における、ミス・マープルの復活劇。クリスティは、もっともよく人間を描き出した作家の一人でもあった。