『権力と栄光』/グレアム・グリーン 著/斎藤数衛 訳


「逃げろ!ウイスキー坊主!」


という帯に惹かれて手に取った一冊。
じつはグレアム・グリーンは初めて(不勉強ですみません)。


冒頭の第一部はゆったりとした筆で、ウイスキー坊主の置かれている状況が描かれる。舞台は、1930年代のメキシコ。社会主義革命により、カトリックの神父はすべて国外逃亡するか、逮捕されて銃殺刑にあっている。そう、本書の主人公であるウイスキー坊主以外は。


そこでこの破戒僧(カトリックの神父なのに子どもまで作っている!)は、警察の手を逃れるために放浪を続けていく。と、こう書くとスリルに満ちた逃亡劇に思えるが、必ずしもそうとはいいきれない。なぜならウイスキー坊主は状況に流されるばかりであり、主体性をもって行動を起こさないからだ。「結局、おまえはなにがしたいんだ!」というもどかしさが、終盤にいたるまで続く。しかしそのもどかしさは、ウイスキー坊主が抱える「信仰」へのあいまいな態度とリンクしており、ついにはラストのカタルシスへとつながる。すべてのピースがパチリとはまる最後の快感こそが、本書の白眉たるところだろう。


彼は自分がまた昔のように、教区の仕事をしたり、毎日ミサを行なったり、注意深く信心深さを装ったりするようになるなどとは実際に一度も信じたことはなかった。だが、それにもかかわらず、死ぬには少々酔っぱらっていなければならなかった。


権力と栄光 グレアムグリーンセレクション ハヤカワepi文庫

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