タイムマシンの存在


僕は、ゆっくり死んでゆく。
時間の不可逆性のなかで、遡るという幻想は、一瞬のきらめきを放つ。
SFとは、定められた運命に対する、ひとつのアンチテーゼかもしれない。
この世の物理法則を超越しようとする試み。
それは、人間にだけ許された最も高尚で、最も無益な闘争だ。
科学によって、現実を超える。
その妄念は切実なだけに、決して色あせることはない。


ある十代の夏、僕はハインラインの『夏への扉』を読んだ。
この小説を手にとるたびに、記憶のどこかが、みしりと音を立てる気がする。
押し込めてきた感情が、暗闇から、こちらを窺う気配。
僕は、ゆっくり死んでゆく。
しかし魂は、ますます反逆していくようだ。
猫は、輝く未来を見つめている。


夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))