『ひとめあなたに…』/新井素子


隕石の落下により、1週間後に滅ぶ運命となった地球。
練馬に住む美大生の圭子は、ガンで余命いくばくもない恋人の朗に会うため、
鎌倉まで徒歩で目指すことを決意する。
もう世も末、ということで、じわじわと狂っていく人々。
圭子は途上、4人の女性の狂おしい物語と出会う。
それでも彼女は、正気を手放すことはできなかった。
朗に、恋しい人に、ひとめ会うために。


この小説で語られる4人の女性は、いずれも「自己完結した物語」を紡ぎだす。
愛する夫とひとつになるため、男を殺害し、スープにして食べようとする主婦。
世界の破滅を知りながら、受験勉強を続ける女子高生。
夢の世界こそが現実なのだと信じ、眠り続ける11歳の少女。
生き延びることはないであろうわが子の出産のために、夫を捨てようとする妊婦。


これらの物語に触れた圭子は、恋人の朗が自分の分身であると感じていたことが、
間違いであったと理解する。朗は自分とは他人であり、だからこそ、その愛情は
尊いのだと。他者との出会いやふれあいこそが、人生なのだと。


「他者であるがゆえに愛する」というテーマは『緑幻想』とも共通していて、
この作家の一貫した姿勢なのだろう。「ひとめあなたに…」は平凡なフレーズ
と思えるけれど、物語の終盤で、とても輝いている。


ひとめあなたに… (創元SF文庫)

ひとめあなたに… (創元SF文庫)