王冠


僕の魔法使いは、路地裏のカフェーにひそんでいた。
いつも薄汚れたシャツを着て、ひげはぼうぼう。
かさかさの肌は、たんすの奥にしまわれた革鞄のようだった。
魔法使いは、いつも古びた本を読んでいる。
しみの浮いた紙面に、指を静かにすべらせて。
丸まった背中が、絵本に出てくる悪魔にとてもよく似ていた。


陽が落ちかけると、魔法使いは、決まって一本の瓶の麦酒を注文した。
眼鏡をはずし、細長いグラスに黄金を注ぎいれ、夕陽にかざす。
エジプトの神官が、神に供物を捧げるように。
そして煌めく光をまぶしそうに見つめながら、そっと僕に耳打ちする。


私が失ったものは、すべてこの泡のなかにある。
そこには若さもなく、老いもなく、悲しみも、喜びもない。
ただすべてのものが、強く、激しく、“ある”のだ。


やがて夜が訪れ、魔法使いは帽子をとり、街に消える。
僕は瓶から外された王冠を手に、家路を急いだ。