創作

王冠

僕の魔法使いは、路地裏のカフェーにひそんでいた。 いつも薄汚れたシャツを着て、ひげはぼうぼう。 かさかさの肌は、たんすの奥にしまわれた革鞄のようだった。 魔法使いは、いつも古びた本を読んでいる。 しみの浮いた紙面に、指を静かにすべらせて。 丸ま…

月光

胸の奥の空隙を埋めたくて、地下の店に入った。手足の動きが鈍い。一滴も飲んでいないのに、足がもつれるような感覚だ。厚い木の扉を体重をかけて引き、冷房の効いた室内に転がりこんだ。 うなぎの寝床のように縦長の店で、カウンターに10席。壁際には四人掛…

ヴィンテージ

成人式に父が贈ってくれたのは、ソムリエナイフだった。 娘へのプレゼントとしては、気障な部類に入るかもしれない。 そもそも、私は父の前でお酒を飲んだことがなかった。 もしかしたら、下戸かもしれないのにね。 不思議といえば不思議な気がしたが、そう…

花売り娘

パティ・マグレガーは淫売で、ヤク中で、その昔は花屋を夢見る少女だった。マッキントッシュのコートを着た男は、彼女の名前を告げ、一日200ドルの報酬を提示した。人捜しの料金としては、悪くない。そしてさらに、彼女を見つけ出した場合、1万ドルの成功報…

昇降/小考

これまでいくつ 階段をのぼってきたのだろう 10年前は 誰よりも早く 駆けあがりたかった ひとりだって 平気なんだって でも振り返ってみて ぼくは気づいたんだ 見たかったのは こんな風景じゃなかった これまでいくつ 階段をのぼってきたのだろう できるなら…