『写楽・考』/北森鴻・著


「なかなか面白い推理だったが、それだけではCマイナスだな」


ハードボイルド的小説とは、何か。
私はそれを、「何者かに立ち向かう小説形式」と定義したい。
これはジャンル論などという小難しい話ではなく、いち個人として、小説の中にどんな価値を見出すかという極私的判断基準と思っていただければ幸いだ。


その観点でいえば、『凶笑面』『触身仏』『写楽・考』と続く“蓮丈那智(れんじょうなち)フィールドファイル”シリーズは、本格ミステリであると同時に、ハードボイルド的側面を備えた小説ということになる。まぁ、牽強付会であることは、重々承知なのだけれど……。(結局のところ、このブログで取り上げる理由探しですね)


異端の民俗学者、蓮丈那智が遭遇する対立者は、犯罪者にとどまらない。“正統派”の民俗学界もそうであり、世間一般の“良識”というやつもまた、ときに彼女と対立する。それでも蓮丈那智は己の信念を貫こうとするし、その姿勢そのものがハードボイルド的要素を多分に含んでいると感じられるのだ。


北森鴻*1が創出するキャラクターの多くに私が惹かれるのは、そうした“姿勢”そのものに、自己投影をしているからかもしれない。本書にゲスト出演する“冬狐堂”こと宇佐見陶子しかり、『孔雀狂想曲』の“雅蘭堂”こと越名集治しかり、“香菜里屋”の工藤マスターしかり。彼の生み出した人物たちには、不思議と感情移入させられる。そして生きていて良かったな、とつくづく感じさせられるのだ。


※ちなみに蓮丈那智が愛飲するのは、タンカレーのマラッカジンと、ノイリープラットでつくるマティーニオンザロック



*1:編集プロダクションのライター出身、という経歴が、余計にシンパシーを感じさせるのかもしれない。ミス連の夏合宿で、お会いしたこともあるし。