『桜宵』/北森鴻


ビアバー<香菜里屋>のマスター、工藤哲也の推理が冴えるシリーズ第2弾。なぜか本作だけ読み逃していたので、文庫化を期に手に取った。


最近ではめっきり読書量が減った私だが、北森鴻の作品は見つけ次第、読むことが多い。けっして派手さはないが、心に沁みこんでくるような会話の妙。ラストに忽然とあらわれる、真実の重み。そういったものに惹かれているのだと思う。私自身、文章で生計を立てている身として、こんなにも人に優しく、そして厳しいものが書けるようになりたいと感じているのだ。


東京に出稼ぎにでたタクシー運転手が、故郷の花巻で放火事件の解明を依頼される「十五周年」。1年に3日間、<御衣黄>という桜が咲く時期だけ重ねられた逢瀬の物語「桜宵」。犬が噛んだ相手がリストラ対象者となるという不思議な事件「犬のお告げ」。金色のカクテルを捜し求める男の悲劇「旅人の真実」。幸福と不幸の相関関係が、10年後に怨嗟となって現れる「約束」。いずれもハズレなしの逸品だが、「十五周年」の意外性を、本書のベストとしておこう。


桜宵 (講談社文庫)

桜宵 (講談社文庫)