『地下鉄に乗って』/浅田次郎


浅田次郎的リリシズムが全開の長編小説。とはいえ、後悔とか、未練とか、そういうものとは一線を画している。けっこうドライな小説なのだ。


主人公の小沼真次は、派手な下着専門のアパレルメーカーに勤務するサラリーマン。同僚のデザイナー、みち子とは肉体関係が5年ほど続いている。品行方正な男ではないが、悪党でもない。だが彼の実父は、戦後の混乱期に財を成し、一代でコングロマリットを築き上げた財界の巨人。真次は父への反発心を抱きながら、生きてきた男である。


そんな真次が地下鉄を通じ、過去と現在を行き来する、というのが主な筋書きだ。典型的な「父殺し」の物語ではあるけれど、登場人物が生き生きと描かれるので、退屈はしない。さらに愛人のみち子も過去へとタイムスリップするのだが、なぜ彼女までがこの出来事に巻き込まれるのか。ここが物語の大きな謎となる。神様の贈り物、というには残酷すぎる話でもある。


僕自身も父親を亡くし、過去を振り返る機会が増えた。父には父の人生があったし、それがどんなものであったのか、思いを馳せることは、息子の義務であり権利なのだろう。いつの時代も父親とは不器用なものであるし、僕もまた、そういう道を歩むしかないような気もする。結婚にいまひとつ乗り切れない理由も、ここにあるのかもしれないけれど。


地下鉄に乗って (講談社文庫)

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