『わたしを離さないで』/カズオ・イシグロ


日の名残り』でブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの最新長編。
とても素晴らしい小説なのだが、あらすじをここで記すわけにはいかない。ただ、きらめく青春を切り取った、とても切ない物語であることは確かだ。


著者の小説で繰り返される、「運命」と「諦念」が本書では先鋭的に描かれる。設定自体は斬新ではないが、日常を描き出す洞察の深さが、この小説を稀有な作品にしているのだろう。「あのとき、なぜこうしなかったのだろう」という後悔は『日の名残り』とも通じるが、与えられた時間の短さが、より切実さを生み出している。


また、人間のつく「嘘」についても、考えさせられる小説だ。人はなぜ、嘘をつくのか。それはたんに、自己保身のためとは限らない。善意ある嘘、優しい嘘というのも、存在している。だがある時点では邪気のない嘘が、未来において悪意となる可能性もある。人間はどこまで知ることが幸せなのか。どこからは知らないほうが幸せなのか。そんなことを感じさせられた物語だった。


わたしを離さないで

わたしを離さないで