『わたしたちが孤児だったころ』/カズオ・イシグロ・著/入江真佐子・訳


探偵は、なぜ孤独な存在として描かれるのか。
そのひとつの回答が、『わたしたちが孤児だったころ』では描かれている。


舞台の中心は、第二次世界大戦夜の上海
主人公である探偵クリストファー・バンクスは、失踪した父母の事件を調査するため、ロンドンから魔都へと舞い戻る。


興味深いのは、彼が全世界を救うヒーローとしての“義務”を感じている点だ。
物語中、なぜバンクスが世界を救うべき存在なのか、理由は明示されていない。


ただ、私がそこで想起したのは、『バットマン』との類似点である。
バットマンことブルース・ウェインもまた、両親を殺害された孤児であり、巨悪と闘うヒーローにほかならない。世界は悪に満ちている。そう考え、“Night Ditective”の異名をもつに至る彼は、犯罪被害者であり、孤児である必然性があるのだ。


また、最大の巨悪が“戦争”に行きつくところも、フランク・ミラーの傑作コミック『バットマンダークナイト・リターンズ』と双子の様相を見せている。


わたしたちが孤児だったころ』はミステリではないが、ハードボイルド的探偵像を考える上でのひとつの材料を与えてくれる、驚嘆すべき小説だと思う。



わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

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