『夜は短し歩けよ乙女』/森見登美彦


このところ歳のせいか、涙腺が緩んできたように思う。とはいえ「最近、泣いた本は?」と問われても、うまく返答ができない。けっこう、うるうるきてるはずなんだけどなぁ。記憶力の低下が問題だろうか。で、なにがいいたいのかというと、本書にはずいぶんホロリとさせられたのである。


新入生の「黒髪の乙女」にひとめ惚れしてしまった、大学生の「先輩」。彼は外堀を埋めまくるタイプで、春の先斗町、夏の古本市、秋の学園祭などで彼女の姿を追い求める。ただ、『太陽の塔』の主人公のようなストーカーっぽさはない。ちょっと理屈っぽいが、文系サークルにいがちな臆病でシャイな青年なのだ。


一方、「黒髪の乙女」はというと、どんなに酒を飲んでもつぶれない酒豪だったり、「古本の神様」の話をすぐに信じたり、学園祭で巨大な緋鯉のぬいぐるみを背負ってキャンパスを闊歩したり。超ド級の天然娘なのである。「こんな娘いないよ!」という反論は、ごもっとも。でも、いいんです。反論は受け付けません。だってこれ、ファンタジー小説だから(きっぱり)。


季節をめぐるごとに、ちょっとずつ二人の距離が縮まっていって、物語は年末を迎える。そう、「先輩」は9ヶ月にわたり、外堀を埋め尽くしてきたのだ。いいじゃないの、こういう恋愛小説があったって。臆病で、うじうじして、好きな女の子の前ではわけのわからないことを口走ってきたのだ、みんな。僕だって、そうだ。そういう恥ずかしいことや、切ない気持ちや、身もだえするような苦しさをひっくるめて、この小説は素晴らしくみずみずしいと思う。


個人的には第三章の学園祭の話がとても好きだ。林檎と、達磨と、象の尻。「韋駄天コタツ」と「偏屈王」。御都合主義で、いいじゃないか。『蓬莱学園の冒険』を、なんだか思い出したなぁ。大森望の「大傑作。文句なしに今年の恋愛小説ナンバーワン」の帯は、けっして嘘じゃないですよ。


夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女