90年代の清算(その4)


自殺について考えたこともあった。肥大化した自意識は、常に破滅への衝動をともなう。でもその一方で、痛いのはイヤだな、なんて牧歌的なことも頭をよぎっていた。観念に支配されるほど、哲学にはまりこんでいたわけではないし、楽しいことがないわけでもない。ようするに、中途半端だった。幸か不幸か、すでに僕は自分の才能を見限っていたので、死ぬほどの苦悩もなかったのだろう。だらだらとした人生に軽い嫌悪を覚えつつも、まあそれなりに、生きていた。いまにして思うと、それが高校生の本分というやつなのかもしれない。


そもそも僕は臆病で、高いところが嫌いだ。だから、飛び降り自殺はもってのほか。髭を剃っていて肌を切っただけでもうんざりするから、リストカットも却下。首吊りは死体が汚くなりそうだし、うまくいかなくて後遺症が残ると困る。薬物は手に入れるあてがない。当時はインターネットなんてなかったから、田舎の普通の高校生はクスリなんて入手できないのだ。だからなんとなく、ぼんやりした不安を感じながらも、ぼんやりと毎日を送っていた。高校三年の秋になるまで、早稲田や慶應がすごい大学であることも知らなかったのだから、ぼんやり具合はかなり徹底している。


そんなとき、ローレンス・ブロックに出会った。ハヤカワミステリ文庫の『八百万の死にざま』。ニューヨークのアル中探偵を主人公にした、ハードボイルド小説だった。無免許の私立探偵マット・スカダーは、飲んだくれて、道端に倒れこむ。なぜか、それが格好いいと勘違いした。自己破滅願望の発露、といえば聞こえはいいが、将来は自分もアル中になるんだ、とわけのわからない決意をした。二日酔いのしんどさを知り、アル中への夢を諦めたのは、それから半年後のことだった。(つづく)


八百万の死にざま (ハヤカワ・ミステリ文庫)

八百万の死にざま (ハヤカワ・ミステリ文庫)