『山猫の夏』/船戸与一


鋭く、鮮烈な冒険小説。吉川英治文学新人賞日本冒険小説協会大賞を受賞。
物語の冒頭、山猫(オセロット)と名乗る日本人、弓削一徳の登場シーンから、いきなりぞくりとさせられる。真夏のブラジルの片田舎に、フォーマルスーツ、ワインレッドのボウタイ姿で現れた山猫。完璧なブラジル語をあやつる彼は、バーを仕切る「おれ」に注文する。


「それじゃ、カイピリンガをもらおうか。ただし、砂糖は抜いてな。それにレモンを少し多めに絞り込んでくれ」


珠玉の幕開け、といってもいいだろう。山猫のタフさと、背負う過去に一気に惹きつけられる書き出しだ。そして語り手である「おれ」も、山猫の引力にひかれるように、行動をともにすることとなる。物語の主軸は、『ロミオとジュリエット』と『用心棒』を足して二で割った感じだが、往年のウェスタンを思わせる語り口がスパイスとなり、まったく飽きさせない。山猫を渡辺謙、「おれ」を真田広之あたりで映画化してほしいものだ。発表から20年近く経つが、古びるどころか、さらに輝きを増しているのではないかと思わせる傑作。


今回は体調の悪い時期に読んだが、精神状態が低空飛行のときには冒険小説が効く、という新たな発見があった作品だった。最近、髭に白いものが混じってきたこともあり、山猫のように生きたいものだとあらためて思う。理想の高さとか、そういう意味でね。逢坂剛はもちろん、藤原伊織の『テロリストのパラソル』あたりが好きな人には、ぜひチェックしてほしい作品。


山猫の夏 【新装版】 (講談社文庫)

山猫の夏 【新装版】 (講談社文庫)